著者

高橋祥子

第4回 どうして他者に伝わらないのだろう?生命科学的に考える

2021/10/29 08:18

みなさん、こんにちは。ジーンクエストの高橋祥子です。このニュースレターでは、生命科学の研究者として生命のしくみや原理・原則を解説しながら、それを知ることがビジネスシーンにも活用できることを経営者の視点から紹介します。

 

第4回は、生命はいかに視野が狭いかというところから始めて、ビジネスにおいて視野の範囲を自由に設定して他人と共有することの重要性、職場のコミュニケーションにおけるコツについてお話しします。

 

人間の視野は不自由

私が最も敬愛する科学者の一人が、アメリカの理論物理学者であるリサ・ランドール博士です。彼女の著書『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)には、次の文があります。

 

「人は何かを見るとき、聞くとき、味わうとき、嗅ぐとき、触れるとき、そのほぼすべてにおいて、細かい部分にぐっと近寄って丹念に検討するか、あるいは別の優先基準をもとに『全体像』を検討するかを決めている」

 

この文のそばには、エッフェル塔の全景と、エッフェル塔を拡大した鉄骨構造、エッフェル塔の位置を示したフランスの地図の3つのイラストがあります。エッフェル塔という同じ対象物でも、どの場所からどの倍率で見るかによって得られる情報が変わる、ということです。

 

ランドール博士は本の中で、物事を見る倍率のことを「スケール」と書いています。規模やスコープなど、似たような言葉はいろいろありますが、ここでは「視野」と表現します。視野、つまり物事を見る倍率を変えることで、得られる情報が大きく変わります。当然、ビジネスをやる上では、情報が多いほど成功する確率が高くなります。

 

ところが、人間の視野は不自由で、しかも狭いのです。仕事でもプライベートでも、目の前のことを考えるのに必死で、遠い世界や未来のことをあまり想像することはありません。みなさんの中にも、目の前の仕事をこなすのが必死という人もいるでしょう。もし、世界中の人が世界の課題に対して当事者意識をもつことができたなら課題をすべて解決できるのに、と思いますが、そうはなっていません。

 

これは、生命の原理・原則を考えれば、仕方のないことです。生存競争の厳しい自然界では、目の前のことに集中すれば生存率が高くなります。自分の1才の子どもを見ていても実感するのですが、本当に視野が狭いのです。「ご飯まで5分待ってて」と言っても、5分間おとなしく待っているわけがありません。親の都合は考えないし、ましてや社会や世界のことなど頭にありません。その瞬間の欲のままに行動することが、子どもにとって生存率を高める手段なのですから。

 

視野は広げることができる、共有できる

しかし、いつまでも視野が狭いままでいるわけではありません。生命の原理・原則は、「個体として生き残り、種として繁栄する」ことです。個体として生き残ることが担保できれば、つまり大人になれば、視野が広がって世界や未来のことを考えられるようになるはずです。

 

ちなみに、視野には、空間的なものと時間的なものの2つがあります。空間とは、自分の周囲のことから世界の果てまでの広がりのことです。そして時間とは、その瞬間や今日のことか、あるいは1ヶ月後や1年後、10年後の広がりを指します。

 

ビジネスでは、しばしば「視野を広くもて」と言われますが、本当は狭くも広くもできる柔軟性が重要です。世界や未来のことを想定して、では自分の目の前の仕事をいつまでにやればいいかという目標設定を行うことが理想です。

 

経営者という立場上、「どうやって経営の目線をもつか」という話題がしばしば上がります。そのほとんどは視野で説明できます。自分のチームのことだけを考えるのか、自分の会社や業界のことまで考えるのか。今月の業績を考えるのか、10年後のあるべき会社の姿を描くのか。

 

この考えは、上司とメンバーのコミュニケーションにも役立ちます。上司としては、やや先のことを見通してAという仕事を今やるのがいいと思っていても、メンバーはすぐに片付く仕事Bのほうに取り組んでいるという、仕事の進め方の齟齬はよくあることです。人間は、どうしても視野が狭くなりがちです。その場合は、上司がメンバーに対して広い視野で見ることを説いて、視野を共有することが大切です。メンバーも、意識して視野を広げることで、上司の言葉を理解できるようになります。

 

視野は、意識すれば広げることができます。「広げることができる」ということを知っているだけでも考え方が変わります。そして、視野を広くもつ力は生まれつきのものではなく、後天的に獲得できるものだと思っています。だから、上司のほうから視野を共有することが大切になります。また、「自分は視野が狭いかもしれない」と思ったら、広い視野をもっていそうな人の話を聞いたり、その人の本を読んだり、ドキュメンタリーを見たりするだけでも、視野の切り替え方を学べるようになります。

 

コミュニケーションでは感情と情報を分けて考える

コミュニケーションの話が出たので、もう少し掘り下げてみます。私もコミュニーション能力はそこまで高くないのですが、研究者と経営者という両方の肩書をもつようになって思ったことは、「情報」と「感情」を分けて考えることです。

 

起業する前、博士課程の学生(研究者)として学会で発表するときには、感情を一切含めずに情報だけを伝えます。「このデータからこういうことが考えられます」と、客観性が重視されます。感情を乗せることが悪でもある場所なのです。もちろんこれは科学として正しい方法です。

 

ところが、起業して投資家に向けてプレゼンを行っていると、「自分はどうしたいのか」、「本当にやりたいのか」など、情熱や覚悟のようなものを問いただされることが多くありました。研究者としては最初大きな違和感を覚えたのですが、こうした質問は「情報」ではなく相手の「感情」を見ているのです。たとえば、「この事業の成功率は60%です」というのは正しい情報ですが、「成功率は何%であろうと私はやります、やりたいです」というのが感情です。

 

学会のような特殊な状況を除いて、ほとんどのコミュニケーションでは感情が乗ってはじめて情報が伝わるものです。私が、「生命科学を学ぶことは大事です、なぜなら……」といくら説明しても、生命科学を学ぼうとする人はあまりいないでしょう。でも、「私はこんなにも生命科学が好きなんです」と感情を乗せて話すと、そんなに好きな生命科学って何だろう、と興味をもってもらえるようになります。

 

私の母は、「孫がかわいい」と何回も言います。そんなことは何度も聞いて知ってるよと思いましたがこれは「情報の共有」ではなくて、「感情の共有」なのです。情報は何回も言うとしつこいと思われがちですが、感情は何回伝えても、まるで時間と量の掛け算である積分のように積み重なる効果があります。

 

社内のコミュニケーションも同じです。情報を伝えることと、感情を伝えることと、意識してやってみると、相手に自分の考えを伝え、あるいは相手の考えを受け止めやすくなります。コミュニケーションが得意な人は、このことをおそらく無意識のうちにやっています。コミュニケーションが苦手な人でも、これを意識すればある程度うまくできるようになると思います。

 

*本記事に関する質問・感想・意見がございましたら、ぜひこちらまでお問い合わせください。発信者ともご共有させていただきます。

【あわせて読みたい】
<三浦瑠麗>世界は永遠にボンドのような存在を必要としている?
<堀江貴文>太平洋戦争時の情勢と新型コロナ騒動
<MB>MBが個人的好みで購入した服 「釣具メーカーDAIWAのアパレルを体験せよ!」
<中島聡>週刊 Life is Beautiful 2021年10月19日号
<入山章栄×田端信太郎>年功序列、終身雇用は今やオワコンだ!キャリアについてホンネ対談 入山章栄×田端信太郎

WISS | 発信者の世界観をそのまま届ける月額ニュースレター

このニュースレターをシェアする