著者

高橋祥子

(第1回) 生命科学者、そしてベンチャー経営者の高橋祥子です

2021/10/08 10:11

みなさん、こんにちは。ジーンクエストの高橋祥子です。このニュースレターでは、生命科学の研究者として生命のしくみや原理・原則を解説しながら、それを知ることがビジネスシーンにも活用できることを経営者の視点から紹介します。

第1回は、自己紹介も兼ねて、生命の原理・原則を知ることがビジネスに役立つ理由や、最近子育てを通じてヒトについて学んだことをお話しします。

 

研究者兼経営者としてロジカルに起業した

まずは自己紹介から。ジーンクエストという遺伝子解析サービスの会社を経営しています。この会社は、私が東京大学の博士課程のときに立ち上げました。大学では、生活習慣病のメカニズムや予防について、ゲノムの観点から研究をしていました。

遺伝子の研究は、大学などの研究室だけでは不可能なものも多くあります。特に、人間のことについて知りたいと思ったら、多くの人からご協力いただく必要があります。

そこで、ユーザーの方から遺伝情報とアンケートなどによる情報を組み合わせ、生命科学に貢献することがジーンクエストの目的の一つです。そして、遺伝子研究からわかったことをユーザーに還元することで社会にも貢献したいと考えています。

私自身は、家族のほとんどが医師や研究者ということもあって、医学や生命科学に関係することをしたいと、子どもの頃から漠然と思っていました。

あるときに父の病院を見学する機会があったのですが、そのときに、「なぜ人間は病気になるのだろう」とか、「病気になる前になんとかできないのか」と、病気を治す医学よりも病気になる仕組みのほうに興味をもち、医学ではなく幅広い視点で生命を研究する生命科学への道を歩むことになりました。なので、最初から起業したいと考えていたわけではありません。

会社をつくろうと思ったのは、私の好きな生命科学の研究をもっと加速させながら、研究成果を社会に活かすことがしたかったからです。研究をするにもお金が必要です。ならば、事業として研究成果を社会に活かすサービス提供の結果として経済的利益を生み出し、それによって研究自体も押し進めることができれば理想です。経済的価値と学術的価値の両方をつくって行ける方法だと考えました。それは大学の研究室の中だけでは難しいということで、起業することにしました。起業というと、清水の舞台から飛び降りるような勇気が求められる印象がありますが、私の場合は極めてロジカルに導き出した結論です。

そういったいきさつがあって、生命科学を追究するという好奇心と、実社会に役立てる実用性の両方を兼ね備えているのがジーンクエストであり、私自身でもあります。アメリカの宇宙物理学者であるリサ・ランドールも、サイエンスにはアートと実利の二面性があると述べています。私もしばしば、「研究者と経営者と、どちらが本当の自分ですか?」という質問を受けるのですが、私は「研究者兼経営者」という一つの職業のつもりでいます。どちらか1つだけを取るという狭い視野ではなく、両方ともやるという広い視野で見ると、これこそが私のやりたかったことだと考えられるようになったのです。

 

生命の原理・原則を理解してビジネスに活かす

生命の原理・原則とは、「個体として生き残り、種として繁栄する」ということです。個体とは、人間でいえば一人ひとりのことを指し、種とは人類全体のことを意味します。

生命は40億年近くかけて、「個体として生き残り、種として繁栄する」という原理・原則のためにあらゆる工夫をしてきました。そして、生きるために必要な体の機能、本能、感情、習性を遺伝子からつくらせることにしました。私たちの行動や感情などは、遺伝子から大きな影響を受けていると言っても過言ではありません。

ヒトも地球上の生命の一つに過ぎないのであれば、この原理・原則に従っていると考えるのが自然です。そのため、生命の原理・原則を知ることで、自分や他人の感情を理解したり、体のことを知ろうとしたりするときのヒントにできます。さらには、私たちの行動の一つであるビジネスも、生命が種として繁栄したり集団生活を過ごしたりする中にある原理・原則の中から役立てることができます。

このような話をすると、「私たちは遺伝子に支配されているのか」や、「自由意志はないのか」と思ってしまう人がいるかもしれません。たしかに、イギリスの進化生物学者であるリチャード・ドーキンスが書いた『利己的な遺伝子』という本の中でも、「すべての生物は、遺伝子を運ぶための生存機械だ」と書いてあるように、遺伝子が生命の本質であり続けているのは事実です。

しかし、私たち人間には知性や情熱があります。遺伝子による欲求だけにとらわれず、「このような未来に行きたい」という主体的な意思をもつことができます。遺伝子の欲求に抗い、他の生物にはできないことを実現できるのもまた人間です。先ほどのドーキンスも同じ本の中で、「人間には遺伝子に反逆する力がある」と、述べています。人間が遺伝子の生存機械としての存在を乗り越える可能性を示唆しているのです。だからこそ、遺伝子に抗って生きるためには、相手となる遺伝子のことを知る必要があるのです。

生命の原理・原則を知るもう一つの理由は、生命という仕組みそのものから学ぶことが多くありからです。その仕組みとは、外部の環境が変化することを前提にして、自分自身も変化しながら生き延びる、というものです。

私たちの社会は、これまでにないほど複雑になり、未来の予測困難性が増しています。社会も市場も、いつまでも同じままではありません。しかも、変化するスピードは今まで以上に速くなっています。環境が変化することを前提に会社や組織を運用していかなければ、生き延びることは難しいでしょう。その点において、ビジネスと生命は非常に似ています。生命の仕組みを、会社や組織に対してアナロジーとして活かせることは多いはずです。

なぜ多様性が必要なのか、失敗をどう捉えるかなど、具体的な事例は次回以降に紹介しますが、生命から学ぶことは本当に多くあります。

 

子育てをして感じた遺伝子と環境のギャップ

少しプライベートな話になりますが、昨年子どもを産みました。出産や育児を経験して、人間の赤ちゃんとはこんなにも脆弱な存在なのかと驚く毎日です、放っておくだけで死んでしまうのですから。こんなにも弱い生物は哺乳類の中でも極めて珍しいと言われています。ほとんどの生物は生まれた瞬間から生存競争に自力で参加できるために、食料にアクセスする能力と危機回避能力を備えた状態で生まれてきます。

もちろん、それには理由があります。人間という生物は生理的早産と言われています。妊娠期間でいえば、ヒトはチンパンジーやゴリラとさほど変わりません。骨盤と頭蓋骨のサイズの問題から、脳が未熟な状態で産まざるを得ないのです。その分、外の環境に合わせて脳が十分時間をかけて発達でき、高度な知能をもつことができるというメリットがあります。

未熟な状態の赤ちゃんを保護するには、おそらく両親だけでは不十分です。祖父母や他の家族と一緒にコミュニティとして育児をすることで生存率を高めるという戦略を人類は選択し、そのように遺伝子としてパッケージングされているのでしょう。だからこそ、ここまで生き延びてきたのです。これが人類にとっての原理・原則です。

ところが現代の日本は核家族化が進み、両親だけで育てるケースが増えてきました。集団で育児をするという前提で人類は生き延びてきたのに、その前提が崩れ、現代環境とのギャップが生じています。ある調査では、0歳児を育てている母親の約7割が孤独や寂しさを感じているとのことです。生き延びるためにつくられた遺伝子パッケージが、現代では最適化されているわけではないと、子どもを授かって改めて思うようになりました。

しかし、人間には知性や情熱があります。遺伝子と現代環境にはギャップがあると理解した上で、ギャップを埋めるような行動に移すことができます。ギャップを埋めてどのような未来を目指したいのか、そのためにはどうすればよいのか、遺伝子のことを理解しつつときには遺伝子に抗って生きることが一人ひとりにとって、やがては人類にとって良いことではないかと思っています。

生命科学式に考えるとどうなんだろう?という新しい視点を持つことで、仕事や人との関わりがうまくいくことがあります。この視点を「生命科学式」と名づけ、この連載では時事やビジネス事例を取り上げ、「生命科学式」の考え方をご紹介していければと思います。

 

編集:島田祥輔


生命科学オンラインサロン「高橋祥子ラボ」のラボメンバーを募集中です!オンラインでニュース配信・ライブ配信をしたりメンバー同士でディスカッションをしたりしています。興味ある方は是非どうぞ。

https://community.camp-fire.jp/projects/view/119285


生命科学的思考に興味がある方は、高橋祥子著「ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考 」(NewsPicksパブリッシング)もご覧ください。

*本記事に関する質問・感想・意見がございましたら、ぜひこちらまでお問い合わせください。発信者ともご共有させていただきます。 

*このコンテンツはニュースレターの紹介コンテンツであり、無料で配信されています。定期購読すると、有料コンテンツを購読する事が出来ます。

【あわせて読みたい】
<三浦瑠麗>今回のダイアログ:「男はATMだから」という年上男性の発言に“違和感”が…
<田端信太郎>「空気」に惑わされ、不合理な状況に甘んじるのはもうやめよう。
<茂木健一郎>第14回 「ギフティッド」と「学習障がい」は似ている。
<上山信一>〈第1回〉 2050年のポスト資本主義の姿を考える ―俗説を疑い、古典を読めば未来は洞察できるー
<大室正志✕高岳史典>第1回 空気を読む社会への処方箋。オリパラ、緊急事態宣言、そして日本の政治 大室正志✕高岳史典

WISS | 発信者の世界観をそのまま届ける月額ニュースレター

このニュースレターをシェアする