著者

三浦瑠麗

今回のダイアログ:「自分がどんな人間かわからなくなってきた」周囲からの印象に悩まない、距離のとり方

2021/12/16 09:03

みなさん、こんにちは。三浦瑠麗です。 

このニュースレターでは、身の回りのこと、社会事象、そもそも生きる過程でぶつかるさまざまな悩みや壁などについて、読者のみなさんからの質問にお答えしていきます。

たとえば、

・職場/友人などでの人間関係にもやもやする… 

・日本の政治体制について疑問がある… 

・同調圧力や言いたいことが言えない世の中に不安がある… などなど。

ぜひ、思うところをどしどしとお寄せください。 

*本ニュースレターへの感想も併せてこちらで募集しております。WISS内でもご紹介させていただく可能性がございますので、ご承知おきください。

また、本ニュースレターのコンテンツは、WISSだけでなくその他のメディアでも転載、活用させて頂く予定です。その際に、本ニュースレター内で取り上げられた質問や感想を掲載する場合がございます。ご質問や感想をいただく際には、掲載にご承諾いただいたものとして進めさせていただきますので、ご了承ください。

今回は、前回に引き続き下記のご質問に回答します。

前回の記事はこちら

アラサー男性です。他人によく「怒っているの?」と聞かれます。特に職務中に聞かれることも多く、部下もいるのですが、ほとんどは一定の距離を置かれている気がしています。自分としては、「上司」としての役割として、会社をもっとよくする、あるいは部下の意欲に合わせて成⾧させてあげたいという気持ちがあって、思わず感情が言葉に乗っているのかもしれないのですが…。一方でプライベートでは人と食事をすることも好きですし、どちらかというと社交的であるとかそういった印象を持たれる場合が多いと思っています。自分としては、その時々で属する組織/向き合う人が違ってくるため自分の「社会的役割」を使い分けているつもりで、他人から持たれる印象に対してギャップがあっても折り合いをつけていたのですが、最近はその折り合いに限界が来ています…。ゆえに、自分が本来どんな人間だったかわからなくなってきました。三浦さんは多数のメディアに出演されていたり、本を出されていると思いますが、他人から求められている(であろう)役割と、自分(自我)のギャップを感じられたことはありますか?また、そうしたときにどう折り合いをつけてらっしゃるのか、あるいは人に対する向き合い方で変えてらっしゃる点があればお聞きしてみたいです。


 自己イメージというのは難しくて、常にそばについてくれている伴侶や親、友人などが、「○○ちゃんはこういう人」と安定したイメージを共有してくれていると、そのなかで安定して頑張れるものですが、自己イメージが自他ともにしっかりと共有されていないと気持ちが定まらなかったり気分の落ち込みが激しくなったりするものです。

 わたし自身、自己イメージと他者の持つイメージとのギャップに苦しんだことがありました。

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