著者

三浦瑠麗

今回のダイアログ:政治と閉ざされた共同体にある問題とは?「均質性と息苦しさ、そして…」

2021/11/18 09:29

みなさん、こんにちは。三浦瑠麗です。 

このニュースレターでは、身の回りのこと、社会事象、そもそも生きる過程でぶつかるさまざまな悩みや壁などについて、読者のみなさんの質問にお答えしていきます。 

ぜひ、思うところをどしどしとお寄せくださいませ。 

*本ニュースレターへの感想も併せてこちらで募集しております。WISS内でもご紹介させていただく可能性がございますので、ご承知おきください。

また、本ニュースレターのコンテンツは、WISSだけでなくその他のメディアでも転載、活用させて頂く予定です。その際に、本ニュースレター内で取り上げられた質問や感想を掲載する場合がございます。ご質問や感想をいただく際には、掲載にご承諾いただいたものとして進めさせていただきますので、ご了承ください。

前回のご質問はこちらでした。

選挙についてお訊ねさせていただきたいと思います 。国の政を行う者が、特定の同一地盤からのみ選出されることが延々と続くことについて瑠麗さんはどうお考えでしょうか?  自分の選挙の地盤である共同体の利益を守ることに主眼を置けば当選しやすく、地元民もそのような政治家を望むという構図が崩れない限り、日本全体の利益、国民の利益を最優先する「国会議員」は現れないのではないでしょうか。国会議員とは名ばかりで、地元に利益を誘導する県会議員の延長したような者ばかりが溢れることになる。代議士や知事に二世や官僚の横滑りが多い事が自閉的共同体をつくる最もたるもので、自分の所属する共同体の面子と利益が全てで完結してしまえば、その外でもがいている人々に関心が向くはずがありません。

それは今回のコロナの騒動にしてもそうです。自分の所属する共同体の面子と利益だけなんです、彼らの関心ごとは。それらを打破するには(いろいろな事が考えられますが)国会での決議が必要でしょう。現状の制度の上に胡座をかいている政治家の決議が。ここを考えると暗澹とした気持ちになります。自分たちの足元を自ら崩そうとするものかと。この部分をすっ飛ばして、選挙に行こうと声を大にするのは、敢えてこの部分を隠すためのメディアあげてのカモフラージュではないかとさえ勘ぐりたくもなってしまいます。自我の支えを他者、世間とする日本人は自閉的共同体を作りやすく、そこに安住しやすい構造があります。そこに切り込まなければ同じところをぐるぐると今後も周り続けることになるのではないでしょうか。瑠麗さんのお考えはいかがでしょうか。

  前回は、代議制民主主義という制度の意味について、そして民主化や民主主義の維持にはコストが伴っているのだというお話をしました。そのうえで、政治と閉ざされた共同体の問題を積み残していましたね。 

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