著者

茂木健一郎

第九回 人工知能時代に必要とされる人間の能力とは何か?

2021/08/26 10:03

 ここまで、仮想通貨(暗号資産)やNFT(非代替性トークン)の話に始まって、現代から近未来の社会において必要となる「計算」(computation)について検討してきたが、ここで、視野を変えて、それでは人間には何が求められるのかということを考えてみよう。

 人工知能がどれほど発達しても、人間の脳が果たすべき役割が消えてしまうわけではない。それは、人工知能が得意とする定型的な情報処理に対してコミュニケーションや創造性といった人間が得意とする「計算」が必要であるということでもあるが、もう一つ、見逃されやすい重要な論点がある。

 それは、人工知能が実装されるコンピュータに比べて、人間の脳の計算効率、エネルギー効率が現状において圧倒的に良いという点にある。将棋や囲碁、チェスで人間を凌駕する人工知能は、そのデータ処理に莫大なメモリと電力を必要とする。それに対して、人間の棋士は、例えば加藤一二三さんで言えば、昼食にうな重を食べてだけでずっと考え続けることができる。

 最近出版されている人工知能に関する論文でも、将来的には、人間の脳という「資源」をより活用すべきだ、どのような計算が必要か、人工知能の方で割り振って、それを人間の脳が実行すべきだと主張するものがある。

 すでに、アマゾンの「Mechanical Turk(機械仕掛けのトルコ人)」のように、システム側が人間にタスクを割り振って、ある計算を(有償で)実行するという工夫はなされている。あるいは、CAPTCHAやreCAPTCHAといったシステムのように、ログインの際に人間のユーザーに(人間にとっては)簡単な文字認識をさせることによって、確かにロボットではなく人間がアクセスしているということを確認するセキュリティの要求を満たすとともに、実質的に意味のある計算(例えば、印刷された古いテキストのOCR(光学文字認識)などの処理の際に、機械による識別が失敗した難読文字を人力で読むなど)を(無償で)やらせる試みがある。

 このような、人工知能や情報ネットワークの存在を前提にして、人間の脳の動作がそこに加わることで付加価値のある情報処理を行う試みは、これからますます重要な意味合いを持ってくるだろう。すでにあるMechanical Turk、CAPTCHA、reCAPTCHAなどのシステムは、将来的に発展するであろう組織化から見れば、はるかに低次元のものと評価されるだろうと予想される。

 人間が社会的な活動で付加価値を生み出すのは、常にチームによる努力である。一人ひとりの個性や能力をうまくコーディネイトすれば、単独の生産性をはるかに超える成果を上げることができる。

 これまで、人類は文書によるやりとりや、話し言葉によるコミュニケーションを通して有機的なチーム作りをして、仕事を進めてきた。しかし、人間の脳が協働するプロセスが本来持っている可能性から見れば、私たちが今手にしているのはまだまだ原始的なものであると考えられる。

 マルチユーザーのオンラインゲームは、将来、人類が人工知能によって割り振られたタスクをこなしたり、お互いにコミュニケーションをしたり提案、チェックをしたりするなどして集団で仕事を進めていくやり方の一つの雛形であると考えられる。リモートワークが一般的になり、例えば日本、インド、欧州、アメリカなどタイムゾーンの異なるエリアの人々が共同して開発、実装を進めていくような働き方が実現すれば、オンラインゲーム的な仕事環境は当たり前のものになるだろう。

 アメリカの心理学者のウィリアム・ジェームズは、人間の脳はほとんど(後に俗化した言い方によれば10%程度しか)使われていないと評価した。実際、本来の可能性から言えば、10%も使われていないかもしれない。人工知能時代においては、まだ未開発の人間の能力が一気に開花する可能性がある。

 人工知能時代に必要とされる人間の能力とは何か?

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