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岩渕潤子

岩渕潤子のアートと未来のつなぎ方 〜メタバースからあの世まで〜 No.1

2021/08/18 10:06

 こんにちは、『アグロスパシア』編集長、青山学院大学客員教授の岩渕潤子です。このニュースレターでは、世界の社会問題や、時事トピックス、芸術と社会や日々の生活との「つながり」などについて取り上げていきます。また、アートの世界を政治・外交・ビジネスなどの切り口で捉えた独自の解説や、サンフランシスコ、NY、ロンドン、フィレンツェ、ヴェネツィアのライフスタイルなども発信していきます。第一回目は、「お盆」について考えてみたいと思います。

デジタルお盆の可能性を考えてみる・・・

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 昨年以来、コロナのパンデミックのせいで「お盆」の過ごし方・・・それどころか、人が集まることを避けなくてはならないということで、結婚式や葬儀など、人生の節目として、今までは当然の慣習として行なわれてきたことが、突然できなくなってしまうという経験が増えているのではないでしょうか。家に引きこもり、SNSへの依存度を深める人の比率が増したせいか、あるいは私自身がSNSを眺める時間が増えたせいなのか、様々な人たちが自分の家族の健康状態について案じ、特に今、海外で暮らしている方たちが、日本にいる高齢の両親の健康を祈るような呟きを多く目にするようになりました。

 

 SNS上の多くの人たちは、現在暮らしている国でのパンデミックの広がりをニュースで目にし、家族が愛する人の最後を間近で看取ることができないという残酷な事実を突きつけられました。そして、ふと考えてみれば、自分の親もいつしか年老いており、もしかするとコロナのせいで二度と会えなくなるようなことが起きるかもしれない…と、考えるに至ったのです。実際には、長く海外で暮らしている人たちにとって、年に1〜2回の帰省で会うたびに「半年前に会ったばかりなのにお母さん年取っちゃったなぁ・・・」「お父さん、こんなにお爺さんだったっけ・・・」 と思うことは初めてではありません。

 でも、航空券さえ取れればあっという間に日本に行けることが担保されていた時には、四六時中心配しなくてはならないことではなかったのです。それがコロナのせいで、誰からともなく「日本にいる親のこと」について語る人が一人、また一人と増えてきて、それを見た人たちがいっせいに、同じように、離れて暮らす親たちのことを思いを込めて語るようになっていきました。そうこうするうち、コロナでなくても、老親が急な病に倒れ、渡航規制や隔離が必要なせいで、入院中の危篤の親の元に駆け付けられぬまま亡くなってしまったという経験について語る人が出始めました。

 

 おそらく日本人は、コロナ以前であれば、肉親が亡くなった経緯についてSNS上でオープンに語るということをあまりしない人の方が多かったように思います。ところが、コロナがもたらした悲しみで世界が覆われ、愛する人を失った人々がお互いに自分の経験を語り合うことによって慰めを見出そうとする、あるいは亡くなった祖父母や親たち、伯父や叔母たちの思い出を語り合うことで自らの救いを見出そうとする様子を目にして、日本人・・・特に海外在住の日本人の多くが、SNS上で率直に自分の家族への思いを語り、「せめてもう一度だけでも会いたい」と語るようになりました。

 その推移を昨年からずっと目にしてきて、今、私は日本に暮らしていますが、かつてサンフランシスコやニューヨーク、ロンドン、フィレンツェなどで暮らしていた時、日本で地震があったとか、列車事故があったというニュースを聞いて、一人暮らしの母のことが心配になって、いても立ってもいられなくなったことを思い出していました。そんな母が、2019年の春、私が海外出張から戻った3日後、何の前触れもなく急逝したことを考え、「コロナの今じゃなくて良かった・・・今だったら、母の同級生たちにお葬式に来てもらうこともできなかった」と、ふとSNS上で呟くと、思いのほか多くの人に「いいね」されました。「急なお別れはつらいけど、それでもコロナのような不測の事態に影響されることなく旅立たれたお母様はお幸せだったと思います」といったメッセージを、初めてやり取りする方たちから頂くようになりました。それから時々、コロナと直接関係のある無しにかかわらず、離れて暮らす肉親との思い出をSNS上で呟いている方を見かけると、私の方からもお声がけすることが多くなりました。

 

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